中国山地に西の端にある、古式の石見神楽が伝わる、島根県匹見町。
何年か前、ボクが訪れたとき、ある古老が飲ませてくれた酒は、古い寺の床下から見つかった42年前の酒だった。
ホントーにうまかった。
ボロボロのラベルには、ベロベロの酔眼にも「手古鶴」という木版刷りの文字が読みとれた。
今は裏匹見峡という観光地になっている広見川の奥に、昔、ごくごく小規模の酒蔵があったという。
広見の清い水は現在でもわさび作りに利用されているが、その水を使い、狭い山道を米や酒を背負って運んだため、手間がかかったという意味で「手古鶴」(てこづる)という名で売られた。
しかし、その生産量が極端に少なかったため「幻の銘酒」の名をホシイママにしたものだったそうだ。
だが、あのいまわしい昭和38年の大豪雪で、その酒蔵はなくなってしまったのだそうだ。
ボクは、なんとか「手古鶴」を復活させようと考えたが、いまや町には酒を飲める人は沢山いても、つくれる人がいない。
しかたなく醸造は懇意のNOB冗造に頼み、純酔パズルとして世に送る。
これぞ手古鶴復活の秘話なのである。
「最後の酒づくり」をしていた人のお孫さんが、現在ウッドペッカー木工組合で働いておられるから、立ち寄られたら昔の話を聞いてみてほしい。
1990年3月/芦ヶ原 伸之